書き出しが強烈なインパクトに塗れている小説と言えば夏目漱石の「吾輩は猫である」と、川端康成の「雪国」が思い浮かぶんですけれども、この小説の書き出しも負けていません。
推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。
概要
【第164回芥川賞受賞作】
逃避でも依存でもない、推しは私の背骨だ。アイドル上野真幸を“解釈”することに心血を注ぐあかり。ある日突然、推しが炎上し――。デビュー作『かか』が第33回三島賞受賞。21歳、圧巻の第二作。
Amazonより引用
推しとは「背骨」だ
冒頭の2文と「推し、燃ゆ」というキャッチ-なタイトルから何かエンターテイメントめいた物を期待するかもしれないのですが、残念ながらこの小説にそんなものはありません。あるのは推しを推している瞬間だけ輝いていられるオタクの陰鬱とした日常の記録です。
作中で明言はされていないのですが、主人公は明らかに何らかの発達障害を患っていて「人と同じことが出来ない」「何となく生きづらい」という苦しみが文章の中に凝縮されています。主人公は推しの存在を自らの「背骨」であると語ります。それは推しを推すことだけが主人公の目的であり、生き甲斐であり、推しの存在こそが自らの肉体を動かす源であり、中心であるという意味です。
推しの表情や言葉の端々から推しが何を考えているかを推測出来るほど観察力があって、ネット上のファンコミュニティではトップオタとして生きているという主人公の光の部分と、学校でもバイト先でもポンコツな主人公の闇の部分が嫌なコントラストになっています。発達障害すぎて「何で出来ないのか」と言われてもわからない。「出来ないものは出来ない」としか答えられない。金は返さない。部屋は片づけない。そんな主人公の唯一の支えだった推しはファンを殴って燃えてしまった。そんなやるせない話です。
結末は賛否両論というか、まあ、元気は出ないです。推しの炎上による疑似的な「死」はオタクにどのような変化をもたらすかというのがこの話のポイントなんですけれども、何というか結末は「うわあ」って感じです。
文章力はあるけれども”足りない”。
あとは文章が気になりました。いや、基本的に文章は上手いんですけれどもその上手さに少しムラがあるように思いました。特に冒頭の「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい」からの数行は夏目漱石や芥川龍之介といった古の文豪を髣髴とさせるかのような読みやすさと鮮烈さを誇っていたんですけれども、途中からその鮮やかさは失われて普通の小説になっていきます。ときどき心を刺すような良い文章は出てくるんですが、冒頭の流れるような文章に追いつくような文章は出てきませんでした。序盤の鮮やかさのまま最後まで進めてほしかったです。
しかしながら、「推し」の尊さ、そもそも「推す」とはどのような感情なのか、生きづらさを抱える人に世界はどのように見えているのかという描写は良かったです。
良くも悪くも「今」の時代を描いた小説です。10年後には「推し」文化が変容してしまい、この小説が楽しめなくなってしまっているかもしれないので、気になったなら早いうちに読んでおくのがオススメです。
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